松江城(ライトアップ)今年も松江水燈路2023開催中です 島根 [思い出の写真をフォトムービーにして Ⅰ]
松江城周辺をライトアップする光のイベントで、国宝松江城内をはじめ、風情ある街並みが残る塩見縄手や武家屋敷など、城下町一帯を数えきれないほどの行燈や光のアートで彩られます。
目玉は一年でこの時だけの堀川遊覧船夜間運航で、船上から眺める街並みには数多くの水燈路行燈がゆらめき、に照らされた鎮守の森もこの時しか見ることが出来ません。
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撮影:2010.09.23
島根県松江市殿町
JR松江駅からバス
島根県松江市殿町
JR松江駅からバス
2000年以降に全国を巡って写した、思い出の写真を4Kフォトムービに再編集しました。
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松江城(まつえじよう)全国で現存する12天守のうちのひとつで、五番目の国宝に再指定されています 4K [思い出の写真をフォトムービーにして Ⅰ]
松江城は全国に12城しか残っていない現存天守の1つで、2015年には正式に国宝に再指定されました。江戸時代またはそれ以前に建てられ、壊れることなく現代に姿を残す特別な存在で、慶長16年完成の松江城天守は、彦根城、姫路城と並び、近世城郭最盛期を代表する天守として国宝に指定されています。
豊臣秀吉、徳川家康のふたりの天下人に仕え、豊臣政権では三中老の一人として功績を残した堀尾吉晴は、松江の将来性に目をつけて島根県松江に城を移しました。吉晴の子どもであり初代藩主の忠氏や孫の忠晴を助け、松江城と城下町を作り上げただけでなく、現在の松江市の礎を築いた藩主として知られています。
天守からの展望
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撮影:2010.09.23
島根県松江市殿町
JR松江駅からバス
JR松江駅からバス
2000年以降に全国を巡って写した、思い出の写真を4Kフォトムービに再編集しました。
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松江武家屋敷(松江の古い町並み)松江城のすぐ目の前は、かつて松江藩の中級武士たちが暮らした街並みが残っています 島根 [思い出の写真をフォトムービーにして Ⅰ]
松江城のすぐ目の前は、かつて松江藩の中級武士たちが暮らした屋敷が並んでいた場所で、松江市伝統美観指定地区にもなっているエリアです。
武家屋敷は、塩見縄手の中ほどにあり、中老塩見家の屋敷として建てられたもので、260年以上経た建物にしてはよく保存されています。
視線をずらせば国宝松江城が聳え立ち、道沿いに生える立派な松の木は江戸時代当時のもので、その見事な枝ぶりと、堀を舟がゆったりと通り過ぎる様は、過ぎ去りし時代の雰囲気を感じさせます。
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撮影:2010.09.23
島根県松江市北堀町
JR松江駅からバス
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出雲大社(いずもたいしゃ)神楽殿に飾られた大注連縄(おおしめなわ)は長さ13.6m、重さ5.2tと日本一の大きさ 4K [思い出の写真をフォトムービーにして Ⅰ]
神々の国と呼ばれる出雲の地に、その象徴のように建つ出雲大社は、八雲山を背にした境内には森厳な空気が漂い、数千年の歴史を持つ神殿が厳かに建っています。
拝殿
大国主大神
1963年に新築された拝殿は、戦後最大の木造神社建築といわれます。高さは12.9mで、大社造りと切妻造の折衷様式。ご祈祷や奉納行事などもここで行われます。しめ縄が一般の神社とは左右逆なところにも注目。
神楽殿(かぐらでん)祭典や祈願、結婚式などが行われる神楽殿は1981年に規模を拡張して建て替えられ、神楽殿の前庭には、高さ47mの国旗掲揚塔がそびえ、75畳(縦8.7m、横13.6m)と日本一の大きさといわれる国旗が掲揚され目を奪われます。正面に飾られた大注連縄(おおしめなわ)は長さ13.6m、重さ5.2tと大注連縄も日本一の大きさを誇っています。
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撮影:2010.09.22
島根県出雲市大社町
JR出雲市駅からバス
JR出雲市駅からバス
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大社駅(たいしゃえき)全国に3件(東京駅・門司港駅・大社駅)しかない重要文化財駅舎のひとつ 島根 [思い出の写真をフォトムービーにして Ⅰ]
大社駅は、1912年に国鉄出雲今市ー大社線の開通とともに開業しましたが、大正時代初期に神門通りが整備されると、出雲大社参拝の利用者は3倍以上の約5万人に増加し、駅舎は手狭になってしまい、1924年に新たに建造されたのが2代目の現駅舎です。
黒瓦をのせた重厚な駅舎は、中央に破風(はふ)を備え、左右対称に広がる屋根には、棟の両端に鴟尾(しび)を、合掌部分に懸魚(げぎょ)をあしらうなど、和風趣向が際立ちます。特に屋根の下り棟の先端には、亀のいろいろな動きを模した瓦が使われています。
大社駅には、蒸気機関車の D51 774号機が、静態展示されています、これは1942年製造で、最初は国府津機関区で使用されていたようでが、最後は、国鉄・伯備線で活躍していましたが、1974年定期列車営業を最後に廃車となり、2001年に大社駅のホームに移転されました。
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撮影:2010.09.23
島根県出雲市大社町北荒木
JR出雲市駅
JR出雲市駅
現在は保存修理工事中のため(外観・内部)見学出来ないとのことです。
工事期間:2021年(令和3年)2月1日から2025年(令和7)年12月20日
工事期間:2021年(令和3年)2月1日から2025年(令和7)年12月20日
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石見銀山(五百羅漢)銀山で亡くなった坑夫と先祖の霊を弔う 島根 [思い出の写真をフォトムービーにして Ⅰ]
羅漢寺には、銀山で亡くなった坑夫と先祖の霊を弔い、25年かけて造られた500体の羅漢像を二つの石窟に250体ずつが安置されています。18世紀の中頃、代官所の役人が発創し、代官が亡き人の冥福を祈って石仏を寄進したことが発端といわれています。
五百羅漢さんは、撮影禁止だったので画像は有りません。
世界遺産石見銀山の重要な構成要素の一つだそうです。
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撮影:2010.9.22
島根県大田市大森町
JR山陰本線、大田市駅
JR山陰本線、大田市駅
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石見銀山(鉱山遺跡)横穴式坑道跡の龍源寺間歩(まぶ)が一般公開されています [思い出の写真をフォトムービーにして Ⅰ]
龍源寺間歩は、御直山(おじきやま)五カ山のひとつで、江戸時代の中頃に開発された代官所直営の坑道で、大久保間歩に次いで長く、約600mあります。そのうち一般に公開されているのは157m、坑道の壁面 には当時のノミの跡がそのまま残っています。
高橋家は、江戸時代に長年にわたって採掘者たちのまとめ役を担ってきました。1872年に完成したこの住宅は、道路に面する主屋、庭の茶室、裏手の離れで構成され、石見銀山での銀の産出が近代へとさしかかる時期の裕福な坑夫とその文化的水準の高さがうかがえます。
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撮影:2010.09.22
島根県大田市大森町二
JR山陰本線、大田市駅
JR山陰本線、大田市駅
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石見銀山(清水谷精錬所跡)世界の銀の1/3以上を生産していた石見銀山 島根 [思い出の写真をフォトムービーにして Ⅰ]
清水谷精錬所跡は、世界の銀の1/3以上を生産していた石見銀山を支えた鉱石の精錬所跡。戦国時代から江戸時代初期に最盛期を迎え、近代の精錬所跡が清水谷精錬所跡で、明治19年に藤田伝三郎が起こした仙山(せんのやま)の福石鉱床の金銀含有率と量に着目し、巨費を投じて明治28年に近代的な製錬所を完成させたもので、世界遺産の構成資産のひとつです。
実際は予想以上に鉱石の質が悪く10年と少しで廃業してしまいましたが、現在でも山すそに傾斜を利用して造られた明治時代の先端技術による製錬所の遺跡が残された石垣から窺い知ることができます。
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撮影:2010.09.22
島根県大田市大森町銀山
JR山陰本線、大田市駅
JR山陰本線、大田市駅
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石見銀山(いわみぎんざん)大森地区の街並み 島根 [思い出の写真をフォトムービーにして Ⅰ]
江戸時代初頭、石見銀山の政治経済の中心地として栄えた場所で、街道沿いには古い町家や武家屋敷、寺社が残り、一帯は重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
観世音寺は岩の上に建ち、大森の町並みを一望できる絶好のビュースポットとして人気の場所です。
町家を利用したカフェやみやげ物店なども多く、ショップめぐりも楽しめました。
観世音寺の建造物は1800年代に再建されたものですが、何世紀にもわたってこの地に建ち人々を見守ってきたその存在感を感じさせます。
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撮影:2010.09.22
島根県大田市大森町
JR山陰本線、大田市駅
JR山陰本線、大田市駅
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霧島温泉郷(霧島ホテル)硫黄谷庭園大浴場はプールの様な迫力ある大空間におどろかされます 鹿児島 [思い出の写真をフォトムービーにして Ⅰ]
霧島国立公園の中腹に位置し、約3万本の百年杉に囲まれた静かな佇まいの宿で、硫黄谷庭園大浴場は1日1400万リットルの豊富な湯量を誇り、硫黄泉、明礬泉、塩類泉、鉄泉と4つの泉質が楽しめる掛け流しの温泉施設です。
慶応2年に京都伏見寺田屋事件で負傷した龍馬は、妻おりょうさんと温泉療養と新婚旅行を兼ねてこの地を訪れたと伝わっています。龍馬夫婦は、念願の高千穂登山し、霧島神宮を参拝し、御神木の樹齢千年近い大杉を見て過ごすことができ、日本最初の新婚旅行とされているそうです。
硫黄谷庭園大浴場は、そこに広がる迫力ある大空間の大浴槽が美しく、硫黄泉のほどよい色と香りの湯がたっぷりと湛えられています。それを取り囲むように建つ東屋、白い湯気の向こうの滝のようになだれ落ちるお湯に、日常から遠くはなれた、湯めぐりが楽しめます。
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撮影:2006.10.14
鹿児島県霧島市牧園町
JR霧島神宮駅
JR霧島神宮駅
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